大判例

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東京高等裁判所 平成6年(う)316号 判決 1994年8月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

押収してあるテレホンカード一枚(当庁平成六年押第一二〇号の1)を没収する。

理由

一  本件控訴の趣意は、検察官三谷紘作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人鈴木牧子作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

二  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原判決は、「被告人は、平成五年一一月二五日午後一一時二〇分ころ、千葉県四街道市和良比三一三番地の三四地先において、通話可能度数が正規の度数以上に改ざんされた日本電信電話株式会社作成に係るテレホンカード一枚を、その情を知りながら、同所に設置された同社千葉支店管理の公衆電話機(公衆電話番号四、四一九)のテレホンカード挿入口に挿入して使用し、もって変造有価証券を行使したものである」との公訴事実につき、本件テレホンカードは、通話可能度数に関する磁気情報が不正に改ざんされたものであると認められるとしながら、その外観をみると不自然な位置にパンチ穴が開けられ、裏側にはパンチ穴を塞ぐように二枚のアルミ箔様のテープが貼られたりしているというものであって、このような外観の異常さからすると、いまだ一般人をして真正に作成されたテレホンカードであると誤信させるに足りる外観を備えているとは認められないから、変造(偽造)有価証券に当たらず、しがって、本件テレホンカードをカード式公衆電話機に挿入して使用した被告人の行為は、刑法一六三条一項に定める変造有価証券行使罪を構成しないが、本件公訴事実に包含される範囲内で、同法一六一条の二第三項、第一項に定める不正作出電磁的記録供用罪に該当する行為であると認められるとして、被告人が不正作出に係る電磁的記録を供用した事実を認定した上、右各法条を適用して有罪の判決を言い渡した。しかしながら、本件テレホンカードは、通話可能度数に関する磁気情報が不正に改ざんされたものであることが明らかであり、その外観においても、原判決の指摘するようにパンチ穴が開けられたりアルミ箔様のテープが貼られたりしているとはいえ、一般社会におけるテレホンカードの利用状況に照らし、通常人をして真正なものと見誤る程度の外観を有するものと認めることができ、したがって、変造の有価証券に当たると認定できるのであるから、これを公衆電話機に挿入して使用した被告人の行為につき、同法一六三条一項に定める変造有価証券行使罪に該当する事実を認定しなかった原判決には事実認定の誤りがあり、ひいては同法条を適用しなかった点において法令の適用の誤りがあり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

三  1 そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討すると、原判決が、「被告人は、平成五年一一月二五日午後一一時二〇分ころ、千葉県四街道市和良比三一三番地の三四地先において、通話可能度数が正規の度数以上に改ざんされた日本電信電話株式会社作成に係るテレホンカード一枚を、その情を知りながら、同所に設置された同社千葉支店管理の公衆電話機(公衆電話番号四、四一九)のテレホンカード挿入口に挿入して使用し、もって変造有価証券を行使したものである」との本件公訴事実につき、本件テレホンカードは、通話可能度数に関する磁気情報が不正に改ざんされたものであると認められるとしながら、その外観をみると不自然な位置にパンチ穴が開けられ、裏側にはパンチ穴を塞ぐように二枚のアルミ箔様のテープが貼られたりしているというものであって、このような外観の異常さからすると、いまだ一般人をして真正に作成されたテレホンカードであると誤信させるに足りる外観を備えているとは認められないから、変造(偽造)有価証券に当たらないとして、「被告人は、平成五年一一月二五日午後一一時二〇分ころ、千葉県四街道市和良比三一三番地の三四地先において、日本電信電話株式会社発行にかかるテレホンカードで、その磁気情報部分に記録された通話可能度数が正規の度数以上に改ざんされたもの一枚を、その情を知りながら、同社の事務処理を誤らせる目的をもって、同所に設置された同社千葉支店管理のカード式公衆電話機(公衆電話番号四四一九)のテレホンカード挿入口に挿入して使用し、もって、右テレホンカード上に不正に作出された、権利に関する電磁的記録を同社の事務処理の用に供したものである」との犯罪事実を認定判示し、右事実に刑法一六一条の二第三項、第一項を適用していることは、所論指摘のとおりである。

2 原判決挙示の関係各証拠によれば、まずもって、被告人が、平成五年一一月二五日午後一一時二〇分ころ、千葉県四街道市和良比三一三番地の三四先において、テレホンカード一枚を、同所所在の十字屋商店前に設置された日本電信電話株式会社(以下、「NTT」という。)千葉支店管理の公衆電話機(公衆電話番号四四一九)のテレホンカード挿入口に挿入して使用したことは明らかである。そして、関係各証拠によると、被告人が右使用したテレホンカード(以下、「本件テレホンカード」という。)の具体的な磁気情報部分や券面上の表示及び外観については、原判決が「変造有価証券行使罪の成立を認めなかった理由」の項中で認定しているとおり、<1>本件テレホンカードは、NTTが正規に発行した通話可能度数が五〇度数のテレホンカードに、何らかの不正な手段を使って一〇五度数を磁気記録したもので、被告人の右使用後の残度数が五二度数であったこと、<2>本件テレホンカードには、発行者がNTTであることや通話可能度数が五〇度数であることがカード上に表示され、また、表側に東京タワーの図柄がプリントされていたこと、<3>本件使用時に、外観が発行時のそれと異なっていた点としては、カード表側に記された「50」の数字のやや右下にパンチ穴一個が打刻され、その右側からカードの右端にかけて、本来ならば、パンチ穴が打刻されないと考えられる箇所にパンチ穴三個がとびとびに順次一直線上に並んで打刻され、また、カード表側に記された「0」の数字のやや左下にパンチ穴一個が打刻されていること、そして、カード裏側には、右一直線上に並んで打刻されたパンチ穴三個を塞ぐ形で幅約二ミリメートル長さ約三二ミリメートルのアルミ箔様のテープ一枚が、右「0」の数字のやや左下のパンチ穴を塞ぐ形で幅約二ミリメートル長さ約一八ミリメートルのアルミ箔様のテープ一枚がそれぞれ貼付けられていることなどの事実が肯認できる。なお、関係各証拠によると、被告人自身としては、本件テレホンカードを使用した際、これが不正の方法で通話可能度数が改ざんされたものであるということを知っていたことが認定できる。

四  ところで、NTT発行のテレホンカードが有価証券と解されるのは、テレホンカードの磁気情報部分並びにその券面上の記載及び外観を一体としてみれば、電話の役務の提供を受ける財産上の権利がその証券上に表示されていると認められ、かつ、これをカード式公衆電話機に挿入することにより使用するものであることに基づいている。したがって、テレホンカードの変造(偽造)に関しても、テレホンカードとしての電磁的記録の可能なカードに正規でない通話可能度数が記録されていることのほか、そのカード上の表示及び外観においても、一般人をして真正に作成されたテレホンカードと誤信せしめるに足りる程度のものでなければ、変造(偽造)の有価証券に当たるということができないのは、原判決も説示するとおりである。

そして、右のような観点から本件テレホンカードについてみると、前記認定のように、これはNTTが正規に発行した通話可能度数が五〇度数のテレホンカードを用いたものであって、その磁気情報部分に何らかの不正な手段を使って一〇五度数が磁気記録されたものであるが、そのカード上の記載や表面にプリントされた図柄は、NTTが発行したときのそれがそのまま残っており、その記載等に手が加えられたり抹消されたりしていないことが明らかである。すなわち、本件テレホンカードの券面上の記載としては、NTTが発行したものであることや通話可能度数が五〇度数であることが表示され、本件テレホンカードを手に取った者としては、この記載自体からはNTTが正規に発行したものと考えるのが一般である。ただ、外観上問題になるのは、前記認定のとおり、本件テレホンカードには実際の通話可能残度数の目安となる数字の辺りにパンチ穴が打刻されていること及びこれらパンチ穴を塞ぐ形で二枚のアルミ箔様のテープが裏側に貼られていることである。すなわち、通常人であれば、本件テレホンカードを手にした際、右のようなパンチ穴や貼付されたテープに直ちに気付き、外形が毀損されているとみて、真正なカードに不正な手が加えられたものと考えるのが一般であるかどうかである。

まずこの点、本件テレホンカードに打刻されたパンチ穴や貼付されたテープの具体的形状や個数等は、前記三の2において認定したとおりであり、テレホンカードを日常利用している一般の人々にとって、これを手にした場合、直ちに強い注意をひかれるようなものではない。パンチ穴に気付いた場合でも、このカードが未使用のものではないと考えることはあっても、完全に使用済みのものであるかどうかまでは、本件テレホンカードを見ただけでは分からないのが普通のことと思われる。また、パンチ穴を塞ぐ形で裏側に貼られたアルミ箔様のテープ二枚についても、これら自体が色、大きさなどにおいて目立たないものであって、カードの裏側にプリントされたバーコードと相似た感じを与えることもあり、これを目にしていても、何気なく見逃すことが多いと考えられる。すなわち、本件テレホンカードについては、パンチ穴や貼付されたテープの具体的形状等に照らし、極めて細心の注意を払う人の場合は別として、一般人の場合、これに気付いたとしても、これにより直ちに不審の念を抱くということはなく、そのまま見逃してしまうことになるのが普通と思われるのである。しかも、わが国社会におけるテレホンカードの利用状況をみると、現在のところ、テレホンカードの利用が広範に普及し、利用者も特定の階層に限られず、利用されるテレホンカードも多種多様にわたり、通常の市民生活において、テレホンカードの利用は、まさに日常的にありふれたことである。そして、このようにわが国において市民生活を送る大多数の者が日々ありふれたこととして、テレホンカードを利用していることから、テレホンカードの購入あるいは使用などするに当たっても、その外観やカード上の記載などについて丹念に一枚一枚の表裏まで調べたりすることは余りなく、一応一見する程度のものに留まっているのが一般のことと考えられる。すなわち、こうした利用状況の実際に照らし、テレホンカードを日々利用している多くの人々の場合、仮に本件テレホンカードを購入あるいは使用しようとして手に取ったとしても、外観等は一見する程度であって、パンチ穴やテープに気付かないで終わることが多く、気付いた際にも、パンチ穴についてはすでに使用中のものであろうかと考える程度であり、また、貼付されたテープについても、特に不審の念まで抱くに至らないのが通常と認められる。いいかえると、本件テレホンカードについては、パンチ穴が開けられテープが貼られているとはいえ、一見して直ちに、NTTが正規に発行したものではないのではないかという不審の念を抱かせるほどの外観の異常さは認められないのである。

以上から結局、本件テレホンカードは、NTTが正規に発行した通話可能度数が五〇度数のテレホンカードに、何らかの不正な手段を使って一〇五度数を磁気記録したものであるが、カード上の記載や外観においては一般人をして真正に作成されたものと誤信させるに足りる程度のものと認められるのであるから、これが変造の有価証券に当たることは明らかである。したがって、右外観に関する判断を異にし、本件テレホンカードがその外観に照らして変造(偽造)の有価証券とは認められないとした原判決の認定は、誤りというほかない。

五  以上の次第で、本件テレホンカードは変造の有価証券と認められるのであるから、前記認定のように本券テレホンカードを、不正に改ざんされたものであることの情を知りながら、公衆電話機のカード挿入口に挿入して使用した被告人の行為は、変造有価証券行使の罪に該当することが明らかである。すなわち、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人が変造したテレホンカードすなわち変造の有価証券を行使した事実が十分に認定できるのである。したがって、本件テレホンカードは変造の有価証券に当たらないとして、罪となるべき事実として不正作出電磁的記録供用の事実を認定し、これに刑法一六一条の二第三項、第一項を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認及び法令の適用の誤りがある。論旨は、理由があり、原判決は破棄を免れない。

六  よって、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に被告事件について次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、平成五年一一月二五日午後一一時二〇分ころ、千葉県四街道市和良比三一三番地の三四先において、通話可能度数が正規の度数以上に改ざんされた日本電信電話株式会社作成に係るテレホンカード一枚(当庁平成六年押第一二〇号の1)を、その情を知りながら、同所所在の十字屋商店前に設置された同社千葉支店管理の公衆電話機(公衆電話番号四四一九)のテレホンカード挿入口に挿入して使用し、もって、変造有価証券を行使したものである。

(証拠の標目)<省略>

(累犯前科)

累犯に当たる各前科は、原判決の累犯前科の項に掲記のとおりであるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法一六三条一項に該当するが、前記の各前科があるので、同法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、同法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入し、押収してあるテレホンカード一枚(当庁平成六年押第一二〇号の1)は、判示変造有価証券行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本時夫 裁判官 円井義弘 裁判官 河合健司)

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